古民家等リフォーム技術講習会〜現地研修会〜inつくば市
つくば市事例視察/まち再生の起爆剤に
ふくしまの家地域活性化推進協議会はこのほど、第3回古民家等リフォーム技術講習会として、つくば市で現地研修を行った。日本の伝統民家の第一人者で、同技術講習会の講師を務めている安藤邦廣筑波大学教授が手がけた作品を巡った。台風上陸が懸念され曇天の中、チャーターバスと現地集合で設計事務所、建設会社、団体、行政、大学など県内各地から36人が参加。今回、見学する作品は、9月にビッグパレットふくしまで開いた第2回講習会時に安藤教授が説明したものも含まれており、道中、この時のビデオを流しながら次第に激しくなる風雨を横目に気分を奮い起こした。
■北条ふれあい館岩崎屋
つくば市北条は、戦国時代〜江戸初期に筑波山の参詣道として発展した門前町。筑波山から一里にあり、徳川家康が江戸から北東に当たる鬼門として筑波山に中禅寺を建設。3代家光がこの寺の伽藍建設のため、江戸方面からの資材運搬道として「つくば道」を整備しており、これが北条発展の契機となったという。この古くからの町を核とする北条商店街も、モータリゼーションの進展や大学の設置により人口流出が激しい。「300軒が並ぶ商店のほか、宿屋も3、4件あったほどの賑わいがあったが、今ではシャッターが降りたまま80件ほどに減っている」(坂入英幸北条まちづくり振興会長)。
この再興をめざし、商店街を核に市全体の活性化を目指す動きが、興ったのが3年前のことだ。筑波大学の学生、教授ら、一般住民を含め一般住民を含め125人で同会を立ち上げ、活動がスタートしたという。その活動拠点となったのが、この北条ふれあい館岩崎屋だ。
この辺りは冬場の乾燥がひどく何度も大火に見舞われた。そのため、通りの町屋は、平入の土蔵と座敷のセットで一軒になっている。土蔵が防火壁の役割を果たし、座敷を守る仕掛けだ。明治の初期に建設されたというこの施設も同様で、奥の平屋部分を残して修復。一部を客に使わせるため、2階部分をギャラリー、1階を喫茶スペースとしている。安藤氏とゼミの学生が改修に携わり、その後の運営も1年を限りに学生が切り盛りもしていたが、現在は地元商店街の運営にゆだねている。
この施設の持ち主は、県の都市計画にも携わった東大の建築家で、まちづくりに貢献したいと屋敷を提供したという。都市計画に造詣が深かったことも、まちづくりの原動力の一つとなった。
坂入氏は「今後の課題は空き店舗を1件でも2件でも明けて、憩える場所にしていきたい。地元の中だけでは難しく、外から来た人への斡旋も活動の一つでは」と話す。
同商店街は、2009年経済産業省のがんばる商店街の一つにも選ばれた。選定の大きな裏付けとなったのは地域と大学の連携。寿司米としても有名な北条米を利用した「米(まい)スクリーム」も共同で開発・商品化し、年間1万3000個も売れており、これも貴重な活動資金の一つになっている。
安藤教授は「大学がまちづくりにかかわる時、報告書を提出するまではよくあることだが、その先の検証も含め運営まで行うことが必要。“箱”を作るだけでなく、どんなソフトが必要かも提案する。そして長くても1年で終わりにすることがポイント。依存を避けるためで、検証結果は町に委託し“安定走行”に入る必要がある。大学との物理的な近さも重要になる」「学生はこれに携わることで、まちづくりの専門家に進むこともある。双方の波及効果が大きい。もし大学が遠方にあれば、やりっぱなしとなりがち」と話す。
■宮清大蔵ホール
岩崎屋から徒歩で5分、昭和40年ごろまで醤油醸造・販売を営んでいた宮本家がある。15年に江戸末期から明治後期までに建設された店蔵、居室、離れ、炊事場、門、味噌小屋・車庫、新蔵、大蔵の8棟すべてが、個別に登録文化財として登録されている。敷地は700坪。
このうち、通りから店を抜けて中庭に入ったところにある江戸時代末期、およそ160年前に建設された穀物蔵=大蔵を安藤教授とゼミ生が音楽を中心とした「芸能の場」に改修した。
文化財のため、外観は漆喰塗2階建ての土蔵そのまま。3間×5間の広さを生かし、内部の階段を利用して客席を設け、内装は壁からやや隙間を空けて15<CODE NUM=3D4E>ほどの板を縦に張っているせいか、音響がよい。
個人の屋敷であるため年に何回か、町全体に開放するときのみ使用する。昨年はチェンバロを持ち込み、ウィーン・フィルハーモニーのメンバーも加わって五重奏コンサートも行っている。このほか落語や演劇などさまざまに使われているがその運営は学生と商店街の人々が行っている。
■六所の家・美六山荘
筑波山のふもとにあり、もともと茅葺の民家があったが、家の中から空も見え、悪臭も立ち込める廃屋状態だった。安藤教授の勧めで友人の編集者がこれを買い受け、別荘とした。
1階は暖房と水周りのみ手を付け、落とし壁で補強。2階のみ、寝室兼書斎がほしいというので作った。養蚕農家をイメージし茅葺の構造はそのまま、両脇は切り落としている。相当量のカヤが必要となり割高になるため、内側はワラを使用。これがかえって暖かさを醸し出す。南側にはベランダもつけて開放的な2階とした。1階30坪、2階は20坪程度。総費用2500万円弱。屋根に500万円ほどかかっている。
この友人は、普段は東京に住むため、使わない時は風通しも兼ねて地域の行事やイベントのために開放したい意向があった。その願い通り、ここで地域古来の結婚式が行われ、施設建設に携わった安藤教授の教え子の一人は、ここで出産も経験したそうだ。
この友人が亡くなり、現在は日本だいじょうぶの会というNPO法人の代表者が買い取って、別荘と慈善活動のために使用。月2回、音楽活動や子供のためのイベントに使用している。そのため離れが必要となり、隣地にゲストハウスを新築。今年春に完成した。12・5坪総2階で25坪。坪80万円で2500万円。既存の蔵も解体に500万円ほど上積みされたが蔵の石や梁が再利用された。
オーナーが、指揮者・小沢征二氏と知り合いのため、さまざまな音楽家が訪れてコンサートを開いているという。1回1000円、食事(そば)付で2000円。調理師もおり保健所に届も出した。
地域の人々は他人が参入することを嫌がることはなく「むしろ一軒の家が、(腐れて)壊れていくことを非常に心配していた。それが蘇ったということで感謝しているようだ。何かと楽しみを提供してくれることに歓迎しているようだ」という。また「古民家には音楽が一番合うように思える。さまざまな人に共有され、心に染み入る。音楽を核に、いろいろな人が集まってくるのでは」と話す。
■筑波山麓の茅葺きの古民家
住宅地の一角に、8畳4間の農家を移築したが、庭を造るため、板の2間は6畳に作り変えた。
桁から上が五寸勾配の瓦葺き。屋根は昔の土蔵と同様で垂木を省略した。板倉構法を採用。柱は傷みが多いため大部分を入れ替え、べんがらと柿渋で塗装した。床は二重張り。材料のほとんどは、筑波山麓の杉を利用している。台所など水周りと上がりかまちには漆を塗っている。
1階28坪、総45坪、総工費3500万円。冬は、土間にあるペレットと薪の兼用タイプのストーブと堀こたつでまかなう。建具もすべて再利用したため、コストが大きく下がった。土間が暖かく、リビングダイニングとして使うため施主となる3人家族は、ほぼ10坪部分で生活できる。残りは「余裕」の空間となる。
2階は6畳の子供部屋と10畳の寝室を設けたが、余った空間ができたので、これをギャラリーのようにしつらえた。「音楽家が演奏をしてもよい。古民家を利用するとこうした余りの空間ができ面白い」と安藤教授は話す。
施工は、手の空いている大工に手伝ってもらったが、まったく初めての場合でも最初の打ち合わせだけ時間がかかるが、まったく問題はないという。